日々思うこと

「『知の殿堂』に足を運ぼう」 茨城新聞 寄稿より

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我が国の図書館の歴史は、鎌倉時代(1275年・建治元年)に北条実時が設けた文庫、『金沢文庫』に始まると言われています。NHK大河ドラマ「天地人」の直江兼続も「禅林文庫」という図書館を設けていますが、これも家臣を対象とした私設図書館で一般に公開したものではありません。日本で最初の公立図書館は、1831年(天保2年)仙台藩が設けた青柳文庫で身分に関係なく利用ができたそうです。近代図書館としては、1872年(明治5年)文部省が湯島聖堂に開設した書籍館(しょじゃくかん)が最初のもので、当初は文庫、書庫あるいは書籍館(しょじゃくかん)と呼ばれてました。“図書館”という名称は、1877年(明治10年)の東京大学法理文学部の図書館が最初で、1899年(明治32年)公布の図書館令以降“図書館”という名称が定着したそうです。また、一般の人が誰でも気軽に利用できるようになるには、日比谷図書館(1908年:明治41年)の登場を待たねばならなかったようです。

1950年(昭和25年)制定の図書館法に定められているように、全国の公立図書館の利用は基本的に無料ですが、以前は図書館令で料金を徴収することが定められ有料制でした。日比谷図書館でも特別閲覧料4銭、普通閲覧料2銭という料金を徴収していました。普通閲覧料の2銭ですが、当時おそばが一杯3銭だったそうですから、貨幣の流通量や経済状況を考えると学生や庶民が頻繁に利用するには決して安いとは言い切れない金額だったのではないでしょうか。

明治維新後の我が国は、図書館の重要性をいち早く認め、欧化政策とともに国民の教育の普及・文化の保存のために莫大な予算をもって図書館を整備しました。当時の日比谷図書館の「公立図書館は、公衆の大学」という理念や、関東大震災後の復興資金の約4.3%が図書館の復興に当てられたことからもわかります。戦後も無料で本を貸出すことで、国民のゆとりのある生活の実現と教育の普及と向上をはかる上で役割を果たし大きな効果を上げました。

現在、図書館は高度情報化時代の中で大きな転換期を迎えています。インターネットの登場により図書館不要論さえ囁かれるまでになりました。インターネットは居ながらにして情報を手にすることが可能ですが、図書館で本を手にして得る知識や情報と同様の深い理解を得ることができるとは言い難いのではないでしょうか。図書館で情報を得ることは、自主的な学習の意味合いが濃く、特に生涯学習を推し進める上でその中心的な役割を担っていくものです。学習は、学齢期だけのものではなく日常の中でも学習すべきことはあり、それを支援し援助できるものは図書館が一番の適役と考えます。さらに、利用者の多様なニーズに対応することで多くの利用者が集い、良好な地域コミュニティの形成につながります。生涯学習を支援し、地域を活性化させる上でもますます必要性が高くなっていくものと思います。

探している本や情報になかなかたどり着くことができず諦めかけた矢先、ただ何気なく手に取った本が求めていたそれであったり、その中にその情報があったりする。その発見に思わず笑みが漏れ、小さな感動を覚える。こんな経験は誰にでもあると思います。このことを「図書館の天使」と言うそうです。図書館は「知の殿堂」と呼ばれ、人類の遺産とも言うべき学術情報を蓄積し提供することで、社会の発展に多大な貢献をしてきました。どれほど多くの先人達が天使に出会い、知の発見と創造をしたことでしょうか。時には図書館の静寂の中に身を置いてみてはいかがですか。何か探し物があれば、天使が新しい知の発見と創造に導いてくれるに違いありません。