日々思うこと

「3偉人に学べ」 茨城新聞 寄稿より

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「常世の国 筑波嶺 翔ける文化のいぶき」をテーマとする国民文化祭の開会式で皇太子殿下から茨城が輩出した三偉人の名を挙げたお言葉が述べられました。
そのひとり水戸市出身の横山大観は、第一回文化勲章受章者で名誉県民であり、日本画の最高峰で「無我」「生々流転」などの代表作など大観の作品は7千点から1万点あるといわれています。大観は常に「一生懸命目的に向かって努力をすれば道は開ける」と弟子に言い聞かせ、自分自身にも厳しい人であったそうです。
また、陶芸家として初の文化勲章を受章した下館市(現:筑西市)出身の板谷波山は、道を極めた卓越した陶芸家で、その生涯を紹介した映画「HAZAN」では理想の陶磁器づくりのためには頑固なまでに妥協を許さなかった波山の姿が映し出されました。絶作(最後の作品)「椿文茶碗」は波山91歳の作品ですが、波山独特の完璧な技法で作り上げられ、最後の最後まで陶芸家として生きた証そのものでした。

もう一人は西條八十、北原白秋とともに日本三大詩人の一人で童謡界を代表する北茨城市出身の野口雨情であります。名家に生まれながらも詩人としてのスタートは決して楽なものではなく、不運と失望の果てに「死ぬ気になれば何でもできる」という思いで再起を懸け移り住んだ街が水戸でした。雨情36才の時です。作った歌が売れずに、船頭の手伝いをしながらできた曲が「枯れすすき」でした。暗い詩なので、タイトルを「船頭小唄」に変えて発表したところこれが大ヒットとなります。これを契機に「七つの子」「赤い靴」「兎のダンス」「あの町この町」「シャボン玉」「十五夜お月さん」などを発表し、全国各地で歌われるようになりました。

今でも歌い継がれているのは、雨情の童謡詩には人々を時に励まし、時に戒め、時に和ませる偉大な力があり、すべての日本国民の心を支えてきたと言っても過言ではないと思います。

この三偉人の人生は生涯を通じて道を探究し続けること、社会に参加し続けることが人として大事な生き方であることを私達に教えているような気がしてなりません。
新しい教育基本法の中に「生涯学習」の理念が書き加えられました。生涯を通じて学んでゆくことが最大の生きがい対策であり健康づくりではないでしょうか。

水戸市には藩主斉昭公が藩校としてつくられた弘道館があります。入学年度は15歳ですが、卒業する年齢は設けてありません。学問は一生おこなうものであるとの考え方であり、これはまさに「生涯学習」そのものではないでしょうか。

弘道館近くの大手橋のたもとに、戦後初めて行われた宮中歌会始で天皇陛下が、「曙」というお題で水戸の町を御詠みになられた歌碑が建てられてあります。

「たのもしく よはあけそめぬ 水戸の町 うつつちおとも たかくきこえて」

戦後の復興は水戸からというお気持ちを天皇陛下がこの歌に託したのではないでしょうか。戦後の復興を成し遂げ、平和になった今、皆が心豊かに過ごせる社会構築のために、茨城の偉人たちから受け継いだ「生涯学習」の教えを、国民文化祭を契機に水戸から、茨城から発信していかなければならないと思うこの頃です。